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2011年11月

雨の学習参観日に

全くの普段着…というか、家着houseにおろしてしまった古い綸子の小紋を着ていきました。

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何故かおキヨさんが モップスリッパ(ダメダメ主婦丸出しcrying)をくんくんdashしてますが…。

赤い着物は大好きです。赤…といっても朱色はさすがに着ませんが、紫色から出てきたような赤は死ぬまで着られると思います。

茶系の絞り(松の柄が現されていて、ちょっといい感じなんですが 画像では見事に隠れてますねsweat01)の羽織を合わせて、昭和なお母ちゃん風に。

 かれこれひと月、何だか悶々としていたのですが、少しずつ落ち着いてきて、しみじみと私は恵まれているんだなぁと思うようになりました。

なんかおかしな自己啓発の人みたいでお尻がもじょもじょしますけど、本当に、こんなにたくさんの人に気にかけていただいて、申し訳ないやらありがたいやら。

 

 子供が寂しさを抱えていること自体は 誰しも どうしてやることもできない部分があると思います。

 でも、それを誰かにぶつけたり、誰かに正面からぶつけられたり、もしくは自分自身にぶつけ過ぎてしまったり、そんなときは親として大人として、どうしたらいいのか・と。

 

 ぐるぐる思い悩んでみても、やっぱり答えは同じでした。

 大人が、自分の中のさびしかった子供時分の思いまでひっくるめて、抱っこ。

 私は子供好きな人・ではないのです。

 ただ、子供の中のさびしい部分が気になって気になって仕方がない。

自分の中のさびしい子供をそのままにして 大人になってしまったからかとも思うけど、きっとみんな それはあるんじゃないかと思ってみたりする…。

 

 私は、わたしを着物で包むことを一種の精神安定剤にしてる気がします。

 着物を着ることでいわれのない心ない言葉をぶつけられることもあるんだけど、それを差し引いてみても、着ることの温かさの方がずっと多く残る。

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 娘たちはネコが温かいという。

ネコも娘たちを温かいと思っていることがある。

 娘たちは私を温かいと思ってくれているだろうか。

 息子はネコが可愛いというけれど、ネコは息子の抱き方が気に入らなくて情けない声で助けを求める。

 でも、息子を引っ掻いてでも逃げるというようなことはしない。きっと息子のどこかを可愛いと思っているんじゃないかなぁ。

 子供達に切ない思いはさせたくない。

でも、切ない思いをしたからこそわかる温かさが必ずあって、子供達にはそういう思いを沢山沢山胸の中に溶け込ませるようにして、少しずつ進んでいってほしい。

 

私はもっと大人になりたい。

私はもっともっとお母ちゃんになりたい。

一番ツライのは子供たちなのに、涙をこらえることのできない自分が情けなくてまた泣いてしまう。

でも、いつもきりっとしてるお母さん達もきっとどこかで子供と一緒に泣いてる。

そのあと、笑えたらそれで思うんだ。

何年かかってもいいと思うんだ。

 ワタシ、たとえヒトとしてじゃなくっても、次も女に生まれたいと思う。

 男になった記憶がないからかもしれないけど、やっぱり女がいいなぁ。

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