« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

夏だけの。

着物人になる危険性すら はらんでいるということを再認識した私…。

 澤地久枝さんの「琉球布紀行」。

どうかしてるんじゃないかと思うほど、何度も何度も読み返して居りました。しかも何度も何度も図書館で借りて(買いなさいよ…sweat02

 生協でいやいやながらなんとか委員というのをやってた一時期、何かとこの方のお名前は目耳にして、平和とか母親の会とか、その手の、(ちょっと腰引けるわ…)な鉢巻系の講演会という擦り込みが強かったのですが(すみません)、この本を読むと、戦というものの罪の深さが別の角度からよく見えてきて、胸が締め付けられました。
 
 大切な一枚を着て逃げる。置いてきた物は全て灰と化した…。着ている体ごと 多くの布も炎に巻かれて…。
 やりたいことは山ほどあるのに時間がない…。
 人が伝えてきた想いも、技術も、真実も、忘却の彼方。
 廃業の話も、消えかけているモノを『希少価値』と銘打って売ろうとする人の話も、着物とはこうこうこうですよ・と後付けの自分ルールで人をしたたかに打つ人の話も、混とんとしている着物の括りの中の真実なんだと思うのです。
 着物というものが「作家」の作品としてしか残らなくなれば、それはもう私の手の届かない、暮らしの衣類ではないものとなってしまうよう…。
 それも、私の話であって、着物=作家の手仕事という人も少なからずおられるから、今スグに新しい着物の息吹が途絶えるわけではないのだろうけれど…。
 
 
 富山県水墨美術館で志村ふくみさん親子展が開催されているそうです。
今朝の新聞では沢山の人が見に来ている様子が掲載されていて、志村さん親子だけの着物姿が際立って色美しかった…。
写真を見る限り、ほかには着物姿の人がいなかった様子。
染色に興味のある人が必ずしも着物が好きだというわけではないだろうけれど、なんだか残念だなぁ・と思ったことです。
 子供のころ、国語の教科書で読んだ大岡信さんの「言葉の力」の中の、桜の花が開く前の皮をはがして美しい桜色に染めるのだという件。志村ふくみさんの名前が、桜の香りと、花開く前の紫を帯びる桜の木の姿とともに 鮮烈に刷り込まれました。
 
 学生時分、BSの特番で観た、芭蕉布の仕事。平良敏子さんが芭蕉の畑で作業をする様子が印象的でした。
 父がお茶の先生から頂いた芭蕉布の茶羽織。あれはこんな風に沢山の手作業を通って、形を作っていったのかと思ったり。
 
そんなことが積み重なってきて、いま、柔らかい着物も、しっかりした着物も、それぞれの持ち味と美しさで、見る自分を呆けさせてくれるけれど、無理をしてでも、袖を通してみたい!!と思うのは、南の島で織られる布で出来ているものが圧倒的に多い…。
 それがはっきりと分かったのでした。
 ずっとずっと、ただ、木綿や麻の藍絣が好きなのだと思っていたけれど、本当に本当にあこがれて止まない布はもう少し南にあって、それとは知らずに海を飛び越えた異国の島で布を求めていた娘時分。
 もっと近いところに私が本当に焦がれるものがあったんだなぁ。
 乳がんの懸念がぬぐえず、今回受けた健診で 要精検の診断が。
 検査のために大きな病院に行こうと思った時、袖を通したのは、昔訪れた南の島で求めたろうけつ染めの衣類 数枚でした。
 久しぶりに、銀細工の耳飾りを通して、細かい手仕事の染めのシャツのボタンをかけて。
 顔つきも 肌も 髪型も、全てがあのころと違う今の自分。でも、この布は少しも派手にも無理やりにも見えない…。
 履き物の鼻緒がよく似合う布は、きっとどこかでつながっているものなんだろう。
 沖縄とインドネシアとに 同じ発音と意味を持つ単語が存在するように。
 017
 おつうさんには既に頭一つリードされてしまっている「お出かけ夏着物を着る!!」計画(笑)
 この宮古を着て、主人と二人で歩きたいなぁ…。
 これを求めるとき、思わず、「あたしがコレを求めても、罰は当たらないでしょうか。」と訊いてしまいました(^_^;)
 誰に訊いたのか。見つけて来て下さった方は 「当たらないわよ~(笑)。…楽しんで着てくらはい。」とおっしゃったから、少し心が軽くなったけれど。
019
 夏の大島を足して、着丈を出していただきました。この大島も、どんな人が着ていたものだったんだろうなぁ。
 018
 この細い細い糸を紡いで出す手はどんな指だったろう。どんな言葉でどんなおしゃべりをしながらの作業だったんだろう。
 どんな旅を経て 私のところに辿りついたんだろう。
 私の体が消えた後、どこへ行くんだろう。暖簾になってでも構わないから、どうか灰にだけはしないでほしい。
 私の暮らしの中に、小さい足音と、夏には不要ではないかと思われる温さが加わって、改めて生きるということが有りがたいものだと肌から染み込んできます。
009
 この猫に、ずっとずっと赤い前掛けを縫うてやろう。
そのためにも、私は元気でいたい。
この帯にうつされた暮らしの道具達と一緒に。
016
暮らしの中に。
(精密検査を受ける前の晩、連れ合いは午前四時まで帰らず酒を飲んでいたという事実。結果が分かって初めて私の目を見た彼であった。これも愛か。)
 

 

著者ページ
琉球布紀行

イメージを拡大

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

浴衣など。

末っ子は、暑苦しい日になると、自分でごそごそと浴衣を引っ張り出してきます。

 で、襟をあわせて、紐を結んで、『お母ちゃん、帯結んで。』と寄ってくる…。

028

 ただ、お風呂上がりに浴衣を着て ゴロゴロ漫画を読んで過ごす7歳児。極楽ですねannoy

 しまいにゃ、『お母ちゃん。なんかのど乾いた。』。

032

ひたすら晩御飯の支度にせわしい母ちゃんの都合など どうでもよろしいのですね。

『自分が食べたお茶碗だけは 片しなさい。』と言ってきたわけですが、本当にそれ『だけ』しかしませんな!子育ては半分以上成功ですね!!(泣

026

その、とっちらかった本やら プリントやら 折り紙やらを何とかしては如何か。

 しかして、子供の浴衣姿というものは、本当に何ともいい難い可愛いもんです(馬鹿親

 因みにお母ちゃんの浴衣はお気に入りのコーマですが、申し訳ないことに50円でした。

 コーマの紺白は、そんなにまで叩き売りの投げ売りなのか…orz

 

 ジャンルを問わずちょっと古いものが大好きな私ですが、大切な点が一つございます。

 それは、『遣えるものかどうか』・ということ。

 貴重なものだから、使えなくても持っておきたい…ということも勿論在ります。

 でも、「これ以上ものは増やせない!!」を繰り返している(苦笑)身ですから、せめて、暮らしの必需品なんですよぅう!!と、訴えることが出来るものだけを・と決めているのです(誰に訴えるのでしょう。そう、片づけ隊隊長の連れ合いです。)。

こんな風に。

029

 古道具屋の片隅にあった、『収穫かご』。

角度が悪くて分かりにくいんですが、卵が入ってるところは小さいポケット状のかごが着けてあるんです。茗荷などの細かいものを入れるそうな。かごの寸法が小さいだけで、目は同じなので 抜け落ちること たびたび(笑)

 こういうものを漁ってきては 「ほ~れほ~れ!こんな使えるものがあったとですたい!」と、自慢げに見せるバカ嫁に 諦めこそすれ愛想は尽かさずにいられる素晴らしいご主人さまに幸あらんことを。

011

 でも、意外だったのは、「この織機、綜絖子さえ新しいものを入れたら、あとは自分で何とかなりそうなの。買ってもよろしい?」と訊いた時、「無理せんと 他の部品もお店で用意していいぞ。」と、ちょっと嬉しそうな顔で答えてくれたこと。

 イヤな顔をするとは思ってなかったけど、あんな風に協力的でいてくれるとは思わなかったから。

 暮らしの中には色んな切り口があって面白いなぁ。

 037

 【夕べのご飯は大好きなあぶら麩丼heart宮城県の人って偉すぎる!こんなおいしいもの作りだすなんて!!】

| | コメント (5) | トラックバック (1)

ココログが

ログインもできなければ 書き込みにも とてつもない時間がかかって、夏バテのようですぞ(ムック)010

| | コメント (0) | トラックバック (0)

きものはーどる。

この話題って、寝た子みたいに忘れたころに起きてくる(笑)

別に校則に反するわけじゃなければ、着物で通学してもおかしくないと思うし、きもの着てるうちに、別のジャンルに移行することも問題じゃないと思うし、動きやすいかどうかは本人次第だし、着替えに時間をとられるのは着続けることで解消していくと思うなぁ。

 要は着るも着ないも当人の問題なんだと思うのです。

浴衣から下着が透けてるのは私には絶対NGだけど(お母ちゃんは心配です;;)、

もう、浴衣にレースとかモーモー長髪にどでかいお花に肩甲骨とかは「いっそ粋だね」と、若さゆえのおしゃれ暴走として楽しく眺めてる(それを安易に作って売出す大人は嫌いです)今日この頃。

私も 娘時分、絶対におバカなカッコしてたもん!自分で切り貼りしてでも!

着てみたいもの、それが所属する空間で許されているのなら、好きに着たらいいと思う。

人は、そんなに見ていない。

タカが学生生活の中で嫌われようが何しようが、そんなのはそっちの勝手で、自分の人生の中のヒトコマでしかない。

 それがツライと思ったら、着物をお休みするのもいいだろうし。

 娘の袴については 学校に迷惑をかけるのか・という点でものすごく悩んだけれど、そういう話ではないとわかったから本人の着たいものを着せた。

 礼装としても着物が好きな人も、普段着の泥臭いのが好きな人も、おしゃれ着の楽しさが好きな人も、ただとにかくきものを着てみたいという人も、みんな同じくきものという衣類がすきなんだから。

見かけたら、「ああ、着物を着てる人がいる」・で いいじゃないかよう;;

 小難しく考えるのはやめようよおう;;

(でも、着物を勧める理由が「エコだから。繰りまわして、仕立て直せば何代でも着られるすバラしい衣類なんですよ!」を第一声に持ってくる人には眉に唾付ける私。今時の着物事情はそうじゃないだろうに・ト疑う。すさんでます。ごめんなさい(;´▽`A``

 着たいと思って、その機会がやってきたら、着てみたらいい・くらいに思う。

 スーパークールビズに浴衣を・なんてこれっぽッちも思ってない。楊柳のステテコに麻混のスラックス、開襟半そでシャツがいいんじゃない?って思う。

 もし、うちに眠ってるきものがあるなら、ぜひ引き出し開けて風を通してほしいと思う。

 置物にはしてほしくないけど、切りきざんで何かにするくらいなら、そのまま大切に保管しておいてほしいとも思う。

 きものが好き。

でも、着ることも着ないことも無理はしない方がいい。

002

私はそんなスタンスでいると思う。

 (私、時代劇に出る機会に恵まれたら、絶対に下働きのおばちゃんやな!!おハコと思う!!)

| | コメント (8) | トラックバック (1)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »