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2011年6月

今、家中が

大きな白百合の香りに包まれています。

いつもならヤマユリの香りなんですが、今は、私にも優しく接して下さった方からの最後の贈りものの百合が、お勝手口の足元に活けてあります。

毎年、私が仕込む蕨の昆布締めと花わさびを 心から喜んで食べて下さった。

この春は、もう食べることなく、先週 ついに仕舞うて逝かれました。

義父が弔いから帰った時、この百合は全てのつぼみが硬いままでしたが、おとといから一つずつ開きはじめ、家中を切ないような香りで包んでいます。

 初めの一つが開いた時、自分でも驚くほどに胸が痛くなって ぼろぼろと泣いてしまいました。

 今、私は41になって、身近な人の生死にかかわることが急激に増えて行く中で、逝ってしまった人の顔は どなたも必ず笑顔なのだと気づく。

 いつも感情の起伏が激しく、怒って泣いてばかりの自分は、きっと灰になった後 誰かが思いだしてくれても、眉間に筋が刻まれた醜い表情をしているに違いない…、と思って、背中にジワリと嫌な汗!

 あの人もこの人も、しんどい暮らしの中で、それでもいい笑顔を見せてくれていた。

 私、もういくら残りがあるかわからないけど、少しはいい笑顔で過ごそう。

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 (素足というよりも裸足感漂う姿…( ´;ω;`)ブワッ)

 私は、いつも思う。

主人を眺めて、いつか逢えなくなってしまうんだな・と。

 そう思うと涙がこぼれる。

 生きてる今、精いっぱい仲良くいたいと思う。思いながら わがままをぶつけては忙しいひとを煩わせてしまったり。

 

 自分がこんなにお花が好きになるとは思わなかった。

 自分が死んだあと、どんなお花が飾って当たるかは知る由もないけど、貰った誰かが好きな花ならいいなぁ・と思う。

 五年経って、ようやくブルーベリーが沢山の実をつけてくれた。

 植物を育てるという行為は、来年は、来年も、という漠然とした希望を持たせてくれるような気がする。

 

 

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朝から半泣き!!

今朝,動物達の餌をやろうとしたら、近くに住む義弟が『ヤギの綱はどこ?』と。

え?なんだろう??と思ったら、何とお向かいの敷地にビニルテープで繋いであるという!!

顔面蒼白( Д) ゚ ゚

でも、私、まだドアも開けてないし、夕べもきちんと締めたはず!!どどっどうしよう~~~bomb

 聞けば、義父が小屋の前に放して、結ばずおいたという…。

『枇杷の枝を山にしてあるから、どこへも行かんと思ったから~(大笑)』。

 

 慌てて烏骨鶏の卵包んで謝りに走りました…。

 ただでさえ、鶏の鳴き声やら何やらでご迷惑をおかけしておりますのです。うう。

ただただ平謝り…。

おばあちゃんは「いいよぉ、気にせんで。鉢一つダメになっただけだで。」。うわぁ!!やっぱりやっつけてた!!orz

 生き物を飼うって、ほんとに責任重い…。情けなさでぺしゃんこになりそう…( ´;ω;`)ブワッ

 

 まあ、そんなわけで全く食欲もない中、マコモダケの圃場の草取りに行ってきます…。

お向かいのおじさんとおばさんに会うよなぁ…。ああ、情けなくも逃げ出したい…(;ω;)

 確か、夕方にはBBQbeerだよ、営農の!!ぐはぁヽ(#゚Д゚)ノ┌┛)`Д゚)・;

 すみません、すみません、すみません~~!!

 こんなだめだめな私は一体どこへ行くのか…。

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【ウコひなの皆さん】

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なんかもやもやっとしてる自分に。

 私は日々着物を着てるけど、着物が好きで好きで・というわけではないと思ってる。

 着たいものが着物だということなんだと思うんだ。

 私は、古い着物を好んで着てる。野良着でも何でも大体が人が着こんでこなれたもの。

 それが私にとって着るもの・着たいものの物差しなんだろうと思うんだ。

 私は、誂えというものを自力でしたことは殆どない。嫁入り道具は親様が揃えてくれたし、あとは仕立直しとか浴衣とか、そんな程度。日々着るものは下手でも何でもいいから自分でするわけで。

呉服屋さんに、行ってみようと思ったことがないわけではない。

現実に行って、そりゃあ「おぞい目」にあったことがあるし、それは、自分が無知だったからなんだろう。

そして、いろいろな出会いがある中で、もう一度呉服屋さんにtry!と思ったが、縁がなかったということも。

 私は着物というものを金額だけで考えてるわけではないんだけど、やっぱり、無理なものは無理で、業界に対して貢献してないユーザーとして、いつも引け目を感じてもいる。

 でも。ほしくないものは欲しくない。ほしいと思えば買う人です。

 モノを作ることを、暮らしの中でとても大切に思う。

だから、作り手、縫い手の方のことを思えば、自分って情けないもんだと思う。

着物に未来があってほしいと思う。

気軽に手にすることのできる着物だけを求めているわけではない。

でも、現代の着物の中でため息が出るような品物はとても手の届くものではないし、たとえおカネがあっても、自分には分不相応だと思う。

 そして、私は、たとえ、金額的に何とかなる古着の中でも、自分には過ぎたものだと思えば、求めることはしない・です。

 私は いつなん時でも、『縁』で図っているので、こういう感じなのかもしれないけれど。

 私の着物の着方というのは、「この着物が着物としていられる時間をちょっと引っ張ってる」というイメージだと思う。なんとなくだけど。

 もう、着物としての着手がいなくなって、切れとして刻まれるか否か…というようなものを着ることで、着物と一緒に暮らしているような。

 懐古主義ともいえるのかもしれないけれど、温故知新・だと言えたら前向きかなぁ。

 私は昔の暮らしが好き・というよりは、山に暮らして居ると町の便利さでは通用しない所が沢山あって、そこに昔の知恵や道具を持って来たら、ピタッと快適になるのだということを繰り返して、今に至るんだと思った。

 着物のお先は真っ暗だ・とは思っていないよ。

どんな衣類も時とともに変化してる。今、フランスの人がボよよんとしたドレスは着てやしないけど、だからってフランスのモードが死んだわけじゃないのと同じで。

 今現在 呉服屋さんが売りに出してる着物を今の人が着たいと思えば、着るんだと思う。

今の人が着たいような取り合わせを呉服屋さんが一生懸命に考えて、展開していくんだろうと思う。自分で考えて着る人ももっと増えて行くだろうと思うし(くくりのない世代がこれからの主人公なんだから)。

無責任な言い方に聞こえるかもしれないけれど、私は、それはそれとしてあるんだろうと思うようになった。

 それは、自分が農業と着物とを重ねているからかもしれないな。

 どちらも、作れば作るほど、借金が増えて、買いたたかれて行くような側面がある。

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【キジベイベー】

 作ろうとすればするほど苦しくなっていく。

 作るためには借金を抱え続けることになる。

 でも、好きで、やめた方がいいのに 好きで、作ることを今年も選ぶ。来年はやめようと思うのに、年が明けたらまた種もみをふやかすことを考える。

 自分で選んでいるんだ。しんどくても、作り続けるということを。

 誰に強要されなくても、畑に向かって重いバケツぶら下げて坂を登る毎日を。

おカネになる仕事をすればいいものを、ただ、ご先祖さんが残して逝った地面を耕す毎日を。

集落営農になったからといって、近い将来組合員がいなくなることに変わりなどない。

今、みんなで ベンツより高い農機を折半して求めることが出来る程度の話だよね。

うちより若い手はもうないのだから。

でも、この棚田を、段々畑を、もう1年,もう1年と思う気持ちが止められなくて、きっと来年も何とかしようと思うんだ。

だって、うちのお米、おいしい。

小粒で甘くて香りがいい。

ブランド米食べたけど、ちっともおいしくなんてなかったよ。

うちのお米、おいしいよ。

それと同じで、着物、好きだよ。

毎日、しんどい思いして織ってる縫ってる手があるって、ありがたいと思うよ。

それを何とか売ろうとする人がいることも大切なんだと思うよ。

皆、暮らしていくんだから。

 今日、自分の畑を見下ろして驚いた。

これを自分が、自分の手が、ここまでしたのか!?と、本当に驚くほど、きれいに畑の姿になった。

 農作物はみんな生きてるから、私が作ったわけじゃない。私だけで作ったわけじゃない。でも、私が作ろうと思わなければ、この畑は、ない。

私は きっとまだまだずっと着物を着るだろうと思った。

知識も何も身については行かないただの着手だけど、きっと、古い着物を 繋ぐようにして着続ける。朝のリレーという詩が好きだったけど、あんな風に、誰も知らなくても、次につながって行っているものがあったらいいなと思う。

眠くて目も霞んでて、きっと朝になって読み返したら、壁に頭ぶち続けたくなるほど恥ずかしいこと書いてるんだろうなぁ。

008

【最近ハマっている、七輪で何でも役晩御飯の様子】

 

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