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夏の終わりは

なんとなく心乱されて、切なくなったりします。

 今年は ミンミンゼミが まだまだ頑張って泣き喚いておりますが、それでも空気は違いますから、やっぱり秋が来てるんだなぁ…。

 

 ご近所のお爺さん、関東方面の息子さんのもとに移られて 半年ほどたったでしょうか。

昨日がお葬式でした。

遺体をこちらに運んでのお弔いでした。

数えで93の大往生ということで、みんな和やかな様子でした。

 今ではこの辺でも、ご近所の手を煩わせないように・ト、斎場ですべて執り行われます。

私は丸一日、お隣のおばさんと二人、おうちのお留守番をしていました。

 大きな柱や梁が存在感を放つ、なかなか立派な佇まいです。

 この半年、空き家になっていたので、あちこちに違和感があります。

 人の気配がなくなった住まいのかなしさです。

 そして、この家の主人は、しんから いなくなってしまった。

 立派な彫り物も、軽やかな音を聞かせる風鈴も、数々の勲章も、逝くひとは何一つ持っては行かない。

 

 テレビのない静けさの中で お隣のおばさんと二人、いろんな世間話をしていました。

 昨日の運動会は素晴らしかったね・という話から、丁度一年前の運動会で、私が一緒にテントの片づけをした人の話になりました。

 

 その人は次女の同級生のお父さんでした(隣のおばさんの孫の同級生でもありました)。

 八月に告知を受け、十一月には逝ってしまわれました。

 一緒にテントを片付けながら笑顔で話をしていた時、彼の心の中は一体どんなものだったんだろう?

 

 誰も知らず、あまりに突然の別れに誰もが衝撃を受けました。

 運動会の日、顔に黄疸と、シミが濃くあったのは覚えているけれど、まさかそんな病を持っている様には見えなかった。

 明るい笑顔で てきぱきと動いてらした。

 秋には地域の文化祭に来ていらしたのですが、階段の踊り場で じっと足元を見つめて立っていて、声をかけるのが躊躇われました。

 その方の自宅の前に葬儀屋の看板を設置しているのを見て 愕然としたのは、二週間あとのことでした。

 『おれは死ぬのは怖くない。ただ、子供らに教えてやらんといかんことが沢山ある。』と言ってらしたそうです。最期の言葉もそういうものだったと、喪主の言葉にありました。

 残された時間は、お友達を招待しておうちでバーベキューをするなど、すべて子どもたちのために一秒壱秒を刻んで行ったのだと聞きました。

 お寺さんが「大した男じゃ。」と つぶやかれました。

 あんな辛い弔いは初めてです。

 壱年近くが過ぎて、その家族が街に引っ越すらしいと たびたび聞くようになりました。

 

 なくなったお爺ちゃんの仏間には、たくさんの遺影が並んでいました。

 数年前に亡くなったおばあちゃんの写真だけがカラーです。

 その隣の弐枚は、その子供たちです。末っ子だけが残ったのだそうです。

 

 でも、ここに お爺ちゃんの遺影は飾られないかもしれません。

 この家がどうなるのか、まだ誰にもわからない。お墓をどうするのかもわからない。

 

 私は隣のおばさんに、

「私ね、この集落の最後の一人になる気がするんよ。」・・・といいました。

 おばさんは、

「…ああ、そうかもしれんねぇ。

 うちの息子夫婦だって、いつまでここに居ってくれるかわからん。孫たちは街に住みたかろうし。

 ゆんさんの子供たちにも、無理は言えんモンねぇ。」…と苦笑いしました。

 先を歩いていてくれる・と信じ切っている人たちが、一人二人と消えていきます。

 そして、自分自身の体調に少しずつ自信がなくなってくる・そんな時期になったみたいです。(一昔前なら、四〇って言ったら婆ァもいいとこだもんねぇ!)

 すうっと足元が不安になった瞬間、子供たちがまだ赤ちゃんだった頃、眠っているのに びくっimpactと握った両手を空に上げて、そのまま、ゆら~~りと音もなくおろしていく、その情景が見えました。

 指の付け根がちょいとへこんだ丸いこぶしが パタリとお蒲団に落ちて、また静かな呼吸で眠っていく、私はあの様子が、体の芯がきゅうっとなるほど愛しいです。

(今じゃ揃いもそろって憎ッたらしいエラそ~なガキどもですが!!)

 何言ってんの・まだまだ若いのに!・・・じゃなくって、限られた時間だと思うなら、なおのこと大事にやっていきましょうねぇ・って、そんな励ましが好きだな。

033

すっかり巨大になった お佐和ナリ。

 《傷めてる股関節からバランスを崩し、足の甲をひねって かなり落ち込んだスタートを切った九月の私より、愛を込めて。(笑)》

 

 

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コメント

人のすまなくなった家は、フシギなほどに朽ちてゆきます。
人が出て行くと、家の魂も一緒に抜けるからさ…と
昔年寄りが言っていました。
思い出を持ちこたえられなくなって、崩れてゆく…寂しいですね。
母方の祖母の家も、蔵とおくどさんのある家でしたが、
今年、ダレもいなくなって、どうなったやら…。

根付いて暮らすことが、むずかしくなった今、
「ここで年をとるのさ」と言い切れないことは、
本当は悲しいことなのではないかと思います。
私もここが終の棲家とは思っていますが、
都会にいるほど、それはわからないこと。
どこで暮らしても、次代に何か残せたら…と思います。

投稿: とんぼ | 2010年9月 7日 (火) 11時58分

とんぼさまhouse

 こんばんは^^

 こちらはすっかり涼しくなりましたpenguin秋の単衣が気持ちいいほどです。
 でも 台風が過ぎたら 又 少し暑さが戻るのかなぁ。

 そうですね。
 先のことはわからない・・・のは今も昔も同じでしょうけど、昔は「ここ」…と自分の居場所がはっきりあったと思います。

 永遠であるはずのお墓でさえ、その行く末はわからない…。そんな世の中なんですねぇ。
 いや、マンション暮らしで核家族なら、元々お墓もないのかしら。う~ん。私の育った環境って、今では『昔の形態』なのかな。


 ご飯を拵えて、子供に食べさせて、年寄りの面倒を見て、年とって、誰かのお世話になって、仕舞っていく。
 大まかにはそれだけのことなんですけど、その合間合間に針仕事やら家畜の世話やらをはさんで『自分だけのちょっとした隠し味』を効かせて行けたらいいなぁ・と思います^^


 そのために未、まずは健康!!ですね。

投稿: ゆん | 2010年9月 7日 (火) 18時06分

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