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八月ですね^^

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八月朔日。

 この月は、実父と次女のお誕生月birthdayなのです。

 二人とも、辰年生まれなので、龍神さんの帯を〆てみました(龍の子太郎帯・仮名)。

 透き透きの側ですが その分ごっつい芯が入ってますsweat01

 現物はもっと濃い色です…。

 

 この月といえば、どうしても先の戦争を思い起こさせてくれます。

護国神社では、境内に 熱風で揺れる夥しい数の行燈が並んでいました。

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 年配の方がちらりほらりと参拝に…。

 そっと眼がしらを抑える方も見えました。

 

 境内の土俵では 豆力士たちが「はっきよい!」!

 

 次女が「ニューギニアとかラバウルとか、これなあに?」と 石碑を見て訊きました。

 末っ子は、「このえ(レリーフ)、せんそーのおはなしだね?」。

 

 私は、詳しくは説明ができなくて反省しつつ、それでも、祖父から聞いた満州での話や、父の大空襲の記憶など、知っている話は子供にします。

 

 そして、その御霊を慰めるために、今晩大きな花火が沢山あげられるよ・といい、その会場となる神通川を車で渡りました。

 父は富山の空襲の時、数えのいつつだったといいます。

 中心部にほど近いところに住んでいたので、まさに火の海の中を 私の祖母に手を引かれて逃げたそうです。

 

 疲れ果て、苦しくて、もう逃げ場もないと途方にくれた祖母は、父に「ゆうちゃん、怖いか?」と聞いたそうです。

 幼い父は、「なぁん。お母ちゃんと一緒やから 怖ない。」と答えたとか。

 その顔、その言葉に、祖母は残った力を振り絞って、再び走ったそうです。

 

 水を求めて、神通川に向かった人達はみんな 煮えた川で亡くなったと聞きました。

 恐慌状態の闇と炎の中、祖母もそれを聞いて足を止めたそうです。

 

 祖母には子どもが三人。亡くした子供は私が知っているだけで二人。父は、末っ子です。

 私の記憶の中の祖母は、常に病院のベッドの上でした。糖尿を長く患って、家に帰ることなく、私が中学に上がる前に亡くなりました。

 そんな弱弱しい(眼光は常に鋭かった・笑)祖母に、そんな切ないような強い面があったというのは、父にこの話を聞くまで想像だにしませんでした。

 

 

 先日、あまりに実家に顔を出さない私を気遣って、両親が夏のあいさつにきてくれました。

 

 その時、たまたま洗い張りの道具が届いて、父と一緒に包みを開けました。

 使われた糊刷けや、針のさびた張り木を手にとって、

「朝菜町のばあちゃん(祖母)は、仕立てがうまかったんじゃ。近所のお嫁入り前の女の人が よく習いに来とったんじゃ。洗い張りもしとったなぁ。懐かしいのぅ。

 仕立てで一番気を張るのは、初めの柄あわせだ・と よう言うとった。」 と 話してくれました。

 その時の道具は すべて灰になったんですね。

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 夏って、いろんな顔がありますね。

 

 この季節だけのおいしさとか、この、たった2か月だけの衣類とか。

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汗かいて、足がだるくて、でも、今やっておかなきゃ!!っていう作業のあれこれを 自分から 引っ張り出して追いかけて…。

  一日の終わりには、裏の山から 涼しい風が流れ込んできます。

 お気に入りのお香の石鹸で さっぱりしたら、また明日のことを考えながら、床につきます。

  駆け足で きっと 八月は通り過ぎていくんでしょうね。

 

 何か一つは 覚えておこう。

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コメント

母は京都でしたから空襲もなく、幸いにも身内で戦火で
命を落としたものはおりませんでした。
だから、命の瀬戸際の話は聞いたことがなかったのです。
父は、私にそういう話をする前になくなってしまいました。
今の父は子供でしたし、疎開してましたからねぇ。
もののないハナシやひもじいハナシは聞くのですが、
戦火の中を逃げ惑ったハナシは聞けません。
その代わり、シベリアを生き抜いた義父の生き様、
魚雷を作る手を車の修理工具を作る手に変えた実父、
命と体が大丈夫なら、それだけで一番という母と今の父、
モノをどう大切にするか、モノに感謝するとはどういうことか、
身をもって教えてくれました。

私たち自身は、何の恐ろしさの経験もないのだから、
更に何も知らない子供たちには正確に、
少しでもたくさんの情報を伝えないと、と思います。
「今」は「その上」にあるのだと、忘れないように。

投稿: とんぼ | 2010年8月 2日 (月) 13時29分

経済や教育や医療やなんやかんや、どれも大切ですが、一番何よりも大切にしたいのは平和です。戦争だけは絶対に嫌です。
「絶対戦争しません!!!」と言う政党が少ないのが、残念です。

家人は「武装するのも戦争を回避するひとつの対策だ」と言い、日本が軍事強化することを気にしませんが、私はどうしてもそういう考えは受け付けません。
戦争の話を見聞きするたびに、自分たちの身の上にあってほしくないし、他の国の人たち、どんなに悪いやつが仕切っている国の人たちでも、戦争の被害にあってほしくない。

世界中の人たち、仲良くできないものでしょうかね~。
こういう考えは甘いのでしょうかね。

投稿: あひる | 2010年8月 2日 (月) 13時49分

とんぼさまpenguin

 こんにちは~^^

 富山は「不二越」のおかげでしっかり目をつけられていたそうです。模擬原爆も落とされたと聞きます。

 私の身内も幸いなことに みな戦場から生還しましたし、空襲からも命からがら逃げ切った様です;;

 シベリア抑留者は身近にもいましたが、絶対に話はしない・という暗黙の了解がありました。
 年の離れたお友達の連れ合いが、「夫は、その10年に話は口が裂けてもしないのよ…。」と聞かせてくれたのが本当に恐ろしかったです。

 私、独身時分、極東ロシアの「日本人墓地」にお邪魔する機会があって…。5月だったけれど、冷たい雨の中で、芯から冷えました。
 子どもたちには、『これは話しておこう。』『これはちょっと早すぎるかな…。』…と、ひそかに戸惑いつつ、繰り返し話しています。 特に娘には。

 今は、ピンと来なくても、心のどこかにひっかかっていることがある日突然腑に落ちる・そういう理解の仕方をしてほしいと思っています。
 あくまでも、平和な時間が長く続いていれば、理想的…という伝え方ではありますが。


 祖母は「ヨ子」といいました。仕立てや洗い張りの話が訊けたらよかったのになぁ…。

投稿: ゆん | 2010年8月 2日 (月) 14時36分

あひるさまchick

 「みんなが武器を持つから、自分も持たないと・・・」って、きっとお互いが思っているんですよね。

 とても難しい問題ですよね。現実的に考えても、今のこの国はあまりに無防備ではないかと思いますし。

 子供を持って、心底怖いもの・恐ろしいものが増えました。

 わが子も、よその子も 人として、人らしくその人生を全うしてほしい。それが最たる望みです。

 
 兵器ではなく、お互いの立場を冒さない力となるものってなんだろう?残念なことに 宗教は火に油・だし~。


 少なくとも かる~~いノリでの「友愛」ではないですね(苦笑


 しっかり子どもたちを守っていきましょうね~~;;怖いけど~!

投稿: ゆん | 2010年8月 2日 (月) 14時48分

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