蚕の宮へ。
子供たちの水泳教室の時間に
「蚕養(養蚕)宮」にお参りに行きました。
大正時代に建てられたようで、あちこちに ものすごい迫力が あふれていました。
静かなはずの、時間から置いて行かれたはずの御宮様なのですが、全身鳥肌が立つほどの空気の密度です。
八尾町は かつて養蚕・蚕糸・蚕種で栄えたそうで、その時の羽振りの良いお大尽のおかげで、曳山やら・芸者遊びやら、おわらやらができたとかできないとか…。
詳しくは知らないのですが、私が知る限りでは、八尾の農家などのお年寄りは 未だに「旧町の人には気をつけられ!ひどい目にあわされるからね!」…な~んて話をしてくれます![]()
旧町(八尾の繁華街・かな…。)の方 すべてが悪いわけじゃないんですが、要するに商魂逞しく、本音が見えず、しかして、皆どこかでつながっているので、ひたすら働くだけの百姓衆は 根こそぎブン捕られるような目に遭うことが 少なからずあったようです![]()
必死で育てたお蚕さんの繭を 二束三文で買いたたかれたりしたんじゃないかな~~。
苔むして、人の気配の少ない御宮様でした。
近所のおばあちゃんと孫娘との 歌を交えたやり取りが聞こえて、懐かしいようでいて 少し怖かったのですが…![]()
お蚕さんを育てていること、そのお蚕さんがみな、無事に繭を作れるよう願っていることなどを御宮様にお伝えしました。
いったい、どれだけの人が この御宮様に お蚕さんの成長を祈りにきたことでしょう。
お蚕さんの口から吐かれる水は 糸のように細く出るのかな…。
エライさんから、娘を出稼ぎに出す貧しい農婦まで、お蚕さんに関わった さまざまな人の足の運びが、中央がすり減った参道の石段から伝わってくるようでした。
遠くないところで 鉄砲を放している音が聞こえていました。
カラスの駆除だと思うんですが、銃声を耳にしながらの参拝って…やだな![]()
いろんな命を預かって、人は生きている。
どうしようもない・ものすごい業を背負って。
だから、こうして罪を清めて、奪った魂を鎮めて来たんだと実感します。
命を奪うからこそ、その重さを知るのではないか・と思うことがあります。
絹の重さは、お蚕さんの命の名残なのかな。
お蚕さんが桑を食べるときの「ぷつ・・ぷつ・・」という音が 耳に残ります。
着替えた人が後ろ姿を鏡で確かめるように、お蚕さんが振り返って伸びあがるしぐさを見せてくれます。
それが営繭に入る頃です。
蟻のようだった細かいお蚕さんが、今では羽二重のように しっとり柔らかに、福々と育っている不思議。
不思議でたまらないのは、その冷たさ。
しっとりと・ひんやりと、切ないほどに柔らかいのです。
何かを語りかけるような仕草も愛らしい、不思議な蟲。
この御宮さんで、私は何かすごく大事なことを思い出さなければならないような気持ちになりました。
それが 思い出せないんです。
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コメント
オイラは無宗教ですし、神仏の存在も信じておりません。
でも、神社仏閣は好きです。ですから何宗の寺だろうと、どんな神社であろうと興味があり、参詣します。
何故なのかな?と、考えてみると、そこでは先人達の暮らしの様子が偲ばれるからなんだと思うのですよ。
どんな思いで社を建てたのか、何を祈りにきていたのだろうか、と、思いを巡らします。
と、自然に合掌してしまうンですよねぇ。
神仏にじゃないですよ、
今日はお蚕さんと八尾のお百姓さんに、合掌 o(_ _)oペコッ
投稿: kikuryu | 2009年6月29日 (月) 09時21分
kikuryuさま
こんにちは!コメントありがとうございます!
こちらは ようやく恵みの雨が降ってきてくれました。祈る思いだったんですよ~~
社を建てた目的や 祈る内容が 誠にはっきりとした御宮様ですよね。それほど、暮らしの中に「祈ること・祈るしかないこと」が多くあったんだろうな…と思います。
お百姓のまねごとするようになってから、本当に 神頼みが多くなった私です(笑
では、今日はkikuryuさんのご健康とご発展を祈ります。心から 合掌
投稿: ゆん | 2009年6月29日 (月) 15時54分