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戦争。

夕べ、長女は苦しみました。

 「はだしのゲン」前編が始まる少し前、

         「おかあちゃん、あたし、見た方がいい?」

・・と、聞いてきました。答えることができませんでした。

普段から、我が家では、戦争について、よく話をします。姑は少しの体験と、近所の人々の体験記(皆さん・語りたがらないので、酔った席での細切れの話ですが・・)、私は両親から聞いた話や、書籍から得た話などを。主人は殆どノーコメントです。

 知らなければ、人は同じような過ちを繰り返すかもしれない。子供たちがぐっすり眠れる世の中でなければ。だから、娘にも、辛い話でも、きちんと受け止めて欲しい。

 ・・でも、いざ、本人の口からそう問われると、「知ってしまった後」の自分の心の世界が昨日までと変わってしまう。足元が抜け落ちたようなあの感覚に娘が落ちる。空の色さえ違って感じるに違いない!!・・そんな思いに駆られて、即答できなかった。

 小学校4年生になった娘。こうして、これからどんどん世の中の「?」の中に揉まれていくんだ・・。

 抱っこ抱っこで、おっぱい飲んで、寝んねして。かわいや・かわいやであっという間にこんなに大きくなっていた。

 

 私は、周囲の人から戦争について、特に聞かされたりはしませんでした。ただ、祖父が、深酒をしたとき、必ず「満州での話」を幼い私に聞かせたのです。同じ話をポツリポツリと繰り返し、繰り返し・・。

「わかった・ゆうのはミンパイ・ミンパイ。」「ほんとは、もう負けるとようわかっとった。」「働けんようになったら、死にたいがよのう・・。」

 その中に

クーニャンは、纏足ゆうて、ちっこい足しとってのう、早よ走れんから、すぐつかまる。

・・という話がありました。(姑娘・という言い方はあまり上品ではないときいたことがありますが・・)

祖父は、とても働き者で、子供が大好きで、いつもいつも優しい笑顔の人でした。その祖父が、ナゼ中国の女の子を捕まえる・などと、恐ろしげなことを・・・?

 保育園児だった私の中に、「?」と恐怖が刻まれていきました。

そして、少しずつ手探りで「戦争」について知るようになって行きました。怖くて怖くて眠れない。昼間でも思い出して涙があふれる。泣いていると周りから叱られることもしばしば。でも、恐ろしくてことばにできない。

 ・・娘達には、「知って」欲しい。知らなければならない・と思う。でも、あんな、孤独感の中にひとりぽッちで落っこちて欲しくない。親ばかっていわれても、、心の中まで支えるのは無理だといわれても、やっぱり、恐怖に震えるわが子を思うとやりきれない。

 ・・だから、一緒に考えていこうと思うのです。

 娘は、離れた部屋で姑たちとともにそのテレビを見ていました。そして、何度も台所に来て、私の顔を確かめて、戻っていきました。戻るたびに涙が増えていきます。顔色も変わっていきます。

 「・・明日も観なさいって、婆ちゃんが言ってた。」・・と、泣きながら歯磨きをしていました。その後、山のように質問をしてきました。まだ、答えてはいけないと思う問いもありました。苦しんで、悩んで、泣きながら眠りました。

 今夜、娘はどんな思いで、エンドロールを観るのでしょう。そして、どんな風に私の顔をみつめるのでしょう。

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コメント

私の母は京都生まれで、結婚するまで京都の田舎におりました。ご承知のとおり、京都は爆撃のなかったところです。母の実家は農家でしたから、貧しかったもののなんとか食べられたわけで、昨夜のゲンちゃんの家のような食卓ではなかったということですね。更に二人の兄も召集されましたが、どこへも行かないまま帰還しました。母は「空襲警報が鳴っても、今日はどの本を持って防空壕に入るか、なんてやっていた」と。その母が戦争を実感したのは、戦後すぐに横浜へきて一面の焼け野原を見たときだったそうです。たまたま京都にいたということで、自分はなんにもしらなかった…と。それで私には子供のころから「戦争の話は何もしてやれん。そやけど小学校のクラス会(ずっとやってたんですよ)は、まずお寺に集合、戦死した仲間の供養から始まる。そこにその人がいないということ、自分たちは元気でいきているということがありがたいやら哀しいやら。戦争は大事なものを勝手に壊す恐ろしいもんやということだけ、覚えとき」といいました。伝える、ということは大切なことだと思います。小さい子にはつらいでしょうけれど、でも小さいころから知っておくべきだと思っています。知らせ方の工夫は必要だと思いますけれどね。

投稿: とんぼ | 2007年8月11日 (土) 11時21分

とんぼさま
コメント、ありがとうございます!
 実は、私の祖父は招集され、戦地に向かいましたが、妻(祖母)は、京都・山崎にいて、「食べる苦労も爆撃も・な~ん知らんが。」と。(余談ですが、な~ん・とは、富山弁でNOを意味する・仏語のような言語です!)
 子供たちには、いろいろな角度から戦争(だけじゃありませんけど・・)というものを考えることのできる人であって欲しい。お互いの差を思いやれる人になって欲しい・・と思います。
 今朝、テレビで、アメリカの女性が「ヒロシマ・ナガサキ」を観て、心からの涙を流しておられるのを見て、大泣きしてしまいました。きっと・希望はあるんだ!って。

投稿: ゆん | 2007年8月11日 (土) 11時44分

まぁ山崎ですか、ならば私の母の更に母、つまり祖母の実家はそう遠くないです。「浄土谷」というところ、楊谷の観音様など存知かなぁ。母の実家は長岡京ですが、そこから歩いて浄土谷へ行き、更に歩いて山崎へ降りた、なんてハナシを聞いています。

高校の修学旅行で、長崎の原爆資料館にいきましたが、そのとき「いつか結婚して子供ができたら、つれてこにゃならん」と思いました。残念ながら息子は知的障害も重く、体も不自由ですから、実現には至っておりませんが、みんな一度は「長崎」か「広島」にいくべきだとおもいます。世界中にたった二箇所しかない「現実」がそこにあります。本当の意味での世界遺産だと思っています。


投稿: とんぼ | 2007年8月11日 (土) 15時20分

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