夏の・・
大きな山を越えました・・。
我が家にとって、「8月15日」は、終戦記念日であり、次女のお誕生日であり、お盆の大宴会の日・・です。
私が住む辺りは、田舎なので、帰省ラッシュの行き着く先・ですから、13日~15日はただのスーパーが大混雑!!大きなオードブルやお寿司を抱えたお父さん、果物を少しでも安く手に入れたいお母さん・・・。退屈で暴れだす子供、子供が泣く位なら、好きにさせとこう・・という若い親・・・。
・・全く、気の滅入る光景です。毎年毎年・なんですが。
私は、極力「生協の早割り」で必要な物を準備してきたのですが、このところの物価や税金や医療費や・・の高騰で、食費を抑えなければ暮らせなくなってきました。
・・なので、子供3人連れて、混み合うスーパーにでかけなきゃならないんですよね~~*重いビールやらジュースやらを抱えつつ、「抱っこ・したい(して・の意)~~!」とぐずる末っ子をも抱きかかえる。ほへ~~(><;)昔、鋳物屋の現場で仕事してたけど、その時より、さらにヘビーな力仕事だと思う~!大ハンマーは文句言わなかったもん!!
疲弊して帰宅すると、灼熱のお台所が待っている・・。
とにかく・作る。思いつくまま・作り続ける。食べ盛りの甥っ子3人向けに、スパゲッティ2種にたこ飯。のんべの大人たちにはちまちまとつまみを用意。いまは畑にたくさんの野菜があるので助かります^^
作り続けるうちに、頭を通さなくなっていきますから、苦にはなりません。(買出しはホントに苦行だと思うけど!!)私は何かを作ることが好きなんです・・。
熱中症が怖いので、扇風機の風を常に自分にぶち当てながら、の仕事です。作る、出す、下げる、洗う・・・・・そして「おかあちゃ~ん、おちっこ~!」(汗で下着が張り付いて、自分でおろせないのですね)。
夕方、隙を見てシャワーを浴びて、白地の浴衣に着替えると、背筋がのびて、ほっとしました。そこで改めて、
62年前の今日・について考えました。
子供の頃から、何度となくテレビで見た、「玉音放送を聴いて、地面に膝を落として泣く男の人の横顔」。どんな思いで泣いたのだろう?そのフィルムを撮影していた人は?その日のヒロシマやナガサキは?この戦争に巻き込まれた世界中の人々は?人間の勝手で行き場を失った生き物は?
3つの末っ子は「どーしてなん・なんしゅるの?(なんなんとは、この辺での南無南無のことです)」とききました。「どーして・う~・なるの?」と。「むかしね、せんそうで、たくさんのひとがしんでいったの。だから、せんそうしません・って、なん・なん・するのよ。」というと、キレイな目でじっと私を見てから、少しうつむいて何かを考え、それから、小さな手を合わせていました。
この手に、空っぽのお茶碗や、銃を持たせてはならない。
毎年のお盆は、平和に亡くなったご先祖の為に参り、生前の楽しい思い出や、ちょっと眉をひそめるような笑い話を肴に、みんなでお酒を飲みたい。今はジュースで乾杯している6人も、そのうちその中に入って乾杯して・・・。
次女が生まれた7年前の今日。お産を越え、一息ついたところを爆音のごとき大音量のカーキ色の車がパレードを始め、恐ろしくてベッドから跳ね起きた。産院のすぐそばには護国神社があった。
娘の誕生は、平和の象徴であるはずだ。縁起を担いで、右手の親指を握りこんだ。
いろんなことを思い出しながら、みんなが食べた・幸せなお茶碗を洗います。子供たちが大きくなった時にも、こうして、飲み水に困ることのないように・・と願いながら。
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