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2007年8月

夏の・・

大きな山を越えました・・。

 我が家にとって、「8月15日」は、終戦記念日であり、次女のお誕生日であり、お盆の大宴会の日・・です。

 私が住む辺りは、田舎なので、帰省ラッシュの行き着く先・ですから、13日~15日はただのスーパーが大混雑!!大きなオードブルやお寿司を抱えたお父さん、果物を少しでも安く手に入れたいお母さん・・・。退屈で暴れだす子供、子供が泣く位なら、好きにさせとこう・・という若い親・・・。

 ・・全く、気の滅入る光景です。毎年毎年・なんですが。

 私は、極力「生協の早割り」で必要な物を準備してきたのですが、このところの物価や税金や医療費や・・の高騰で、食費を抑えなければ暮らせなくなってきました。

・・なので、子供3人連れて、混み合うスーパーにでかけなきゃならないんですよね~~*重いビールやらジュースやらを抱えつつ、「抱っこ・したい(して・の意)~~!」とぐずる末っ子をも抱きかかえる。ほへ~~(><;)昔、鋳物屋の現場で仕事してたけど、その時より、さらにヘビーな力仕事だと思う~!大ハンマーは文句言わなかったもん!!

 疲弊して帰宅すると、灼熱のお台所が待っている・・。

とにかく・作る。思いつくまま・作り続ける。食べ盛りの甥っ子3人向けに、スパゲッティ2種にたこ飯。のんべの大人たちにはちまちまとつまみを用意。いまは畑にたくさんの野菜があるので助かります^^

 作り続けるうちに、頭を通さなくなっていきますから、苦にはなりません。(買出しはホントに苦行だと思うけど!!)私は何かを作ることが好きなんです・・。

熱中症が怖いので、扇風機の風を常に自分にぶち当てながら、の仕事です。作る、出す、下げる、洗う・・・・・そして「おかあちゃ~ん、おちっこ~!」(汗で下着が張り付いて、自分でおろせないのですね)。

 夕方、隙を見てシャワーを浴びて、白地の浴衣に着替えると、背筋がのびて、ほっとしました。そこで改めて、

 62年前の今日・について考えました。

 子供の頃から、何度となくテレビで見た、「玉音放送を聴いて、地面に膝を落として泣く男の人の横顔」。どんな思いで泣いたのだろう?そのフィルムを撮影していた人は?その日のヒロシマやナガサキは?この戦争に巻き込まれた世界中の人々は?人間の勝手で行き場を失った生き物は?

 3つの末っ子は「どーしてなん・なんしゅるの?(なんなんとは、この辺での南無南無のことです)」とききました。「どーして・う~・なるの?」と。「むかしね、せんそうで、たくさんのひとがしんでいったの。だから、せんそうしません・って、なん・なん・するのよ。」というと、キレイな目でじっと私を見てから、少しうつむいて何かを考え、それから、小さな手を合わせていました。

 この手に、空っぽのお茶碗や、銃を持たせてはならない。

  毎年のお盆は、平和に亡くなったご先祖の為に参り、生前の楽しい思い出や、ちょっと眉をひそめるような笑い話を肴に、みんなでお酒を飲みたい。今はジュースで乾杯している6人も、そのうちその中に入って乾杯して・・・。

 次女が生まれた7年前の今日。お産を越え、一息ついたところを爆音のごとき大音量のカーキ色の車がパレードを始め、恐ろしくてベッドから跳ね起きた。産院のすぐそばには護国神社があった。

 娘の誕生は、平和の象徴であるはずだ。縁起を担いで、右手の親指を握りこんだ。

いろんなことを思い出しながら、みんなが食べた・幸せなお茶碗を洗います。子供たちが大きくなった時にも、こうして、飲み水に困ることのないように・・と願いながら。 

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今夜は

牛すじの煮込みです・・^^

 ・・これは、みなさんから

       「お金、払おうか?」

 ・・・などとお褒め頂く、自慢の一品なのです。確かによそで頂くのよりず~っと美味しいと思います(ザ*自画自賛!)

 何のことはない・新婚時分の「月末メニュー」が始まりでした・・・。月末になると、

        豚モツとかとり皮とかイカげそとか・・・そういう居酒屋のようなおしながきになる・と。煮物はぜんまい塩出しした蕗とかに、お揚げさんを炊き合わせたものが続きます・・。アトはひたすらぬか漬け。

 冬場ならお鍋をストーブに掛けっぱなしでことことことこと煮込みますが、

      今日に気温は32度・・。ガス代も怖い!

 そこで登場!!強い味方!!引き出物カタログでゲットした圧力鍋~~~~!!!

 ・・ほんっと、イタリア人の食への情熱って・尊い!!!15分で牛すじ完成!!下茹での時点でほんっとに

     とろリ~~~~ん*****

ですもん!!歯が弱い義母が大喜び^^酒の為に生きる義父も主人もその弟達も拍手喝さい!!子供たちもご飯がすすみます^^

 安くて美味しい・ひと手間料理って、しあわせだなぁ・・って思います。

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戦争。

夕べ、長女は苦しみました。

 「はだしのゲン」前編が始まる少し前、

         「おかあちゃん、あたし、見た方がいい?」

・・と、聞いてきました。答えることができませんでした。

普段から、我が家では、戦争について、よく話をします。姑は少しの体験と、近所の人々の体験記(皆さん・語りたがらないので、酔った席での細切れの話ですが・・)、私は両親から聞いた話や、書籍から得た話などを。主人は殆どノーコメントです。

 知らなければ、人は同じような過ちを繰り返すかもしれない。子供たちがぐっすり眠れる世の中でなければ。だから、娘にも、辛い話でも、きちんと受け止めて欲しい。

 ・・でも、いざ、本人の口からそう問われると、「知ってしまった後」の自分の心の世界が昨日までと変わってしまう。足元が抜け落ちたようなあの感覚に娘が落ちる。空の色さえ違って感じるに違いない!!・・そんな思いに駆られて、即答できなかった。

 小学校4年生になった娘。こうして、これからどんどん世の中の「?」の中に揉まれていくんだ・・。

 抱っこ抱っこで、おっぱい飲んで、寝んねして。かわいや・かわいやであっという間にこんなに大きくなっていた。

 

 私は、周囲の人から戦争について、特に聞かされたりはしませんでした。ただ、祖父が、深酒をしたとき、必ず「満州での話」を幼い私に聞かせたのです。同じ話をポツリポツリと繰り返し、繰り返し・・。

「わかった・ゆうのはミンパイ・ミンパイ。」「ほんとは、もう負けるとようわかっとった。」「働けんようになったら、死にたいがよのう・・。」

 その中に

クーニャンは、纏足ゆうて、ちっこい足しとってのう、早よ走れんから、すぐつかまる。

・・という話がありました。(姑娘・という言い方はあまり上品ではないときいたことがありますが・・)

祖父は、とても働き者で、子供が大好きで、いつもいつも優しい笑顔の人でした。その祖父が、ナゼ中国の女の子を捕まえる・などと、恐ろしげなことを・・・?

 保育園児だった私の中に、「?」と恐怖が刻まれていきました。

そして、少しずつ手探りで「戦争」について知るようになって行きました。怖くて怖くて眠れない。昼間でも思い出して涙があふれる。泣いていると周りから叱られることもしばしば。でも、恐ろしくてことばにできない。

 ・・娘達には、「知って」欲しい。知らなければならない・と思う。でも、あんな、孤独感の中にひとりぽッちで落っこちて欲しくない。親ばかっていわれても、、心の中まで支えるのは無理だといわれても、やっぱり、恐怖に震えるわが子を思うとやりきれない。

 ・・だから、一緒に考えていこうと思うのです。

 娘は、離れた部屋で姑たちとともにそのテレビを見ていました。そして、何度も台所に来て、私の顔を確かめて、戻っていきました。戻るたびに涙が増えていきます。顔色も変わっていきます。

 「・・明日も観なさいって、婆ちゃんが言ってた。」・・と、泣きながら歯磨きをしていました。その後、山のように質問をしてきました。まだ、答えてはいけないと思う問いもありました。苦しんで、悩んで、泣きながら眠りました。

 今夜、娘はどんな思いで、エンドロールを観るのでしょう。そして、どんな風に私の顔をみつめるのでしょう。

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暦だけだけど・・

残暑お見舞い申し上げます・・

 暦の上では、秋ですね~。気が早いので、立秋過ぎると「あ、もうこの着物は着るのよそう・・なんとなく・・。」・・となりがちな私。まだ・ロクに着て歩いてもいない紗の着物・・。せめて帯の色目を穏やかにして、まだまだ楽しまねば!!!!

 ・・で、立秋と聞いて、焦って夏の旅行計画を立て始めました~^ ^;遅いって!!

デモね~、なんだか今年は億劫だったの。毎年恒例の「中華街ツアー」。もういいよ~・もっと近くて、子供にとって「貴重な体験」系の旅か、私に嬉しい「お寺さんめぐり」か何かにして欲しい~~~!

デモ・ね。実は私、こういう希望を主人に伝えられない人なのです!!!自分でも不思議!!

彼はとにかく町が好き。遊びに行くなら都会がいいのだ。

私はとにかく静かなところが好き。(騒ぐけど;)住むのも、でかけるのも。

彼は公共交通機関が好き。車の運転はプライベートではしたくない。

私は、鉄道のたびは大好きだけど、子供が多いから車で行きたい。

 でも、こういう話し合いはほとんどしない。「予約・お願いね。」と言い渡されて、その通り計画遂行。毎年そのまま。

 だって・ね~。なんか・ね~。

  毎日毎日遅くまでお仕事ばっかりしてて。で、稼いだお金は・・って云うと、なにに使うでもない。(タバコとビールはすんごいけど!)旅行くらい、行きたいところにいってもらいたい。

いままでは、子供たちも連れて行かれるまま・だったからこうしてきた。でも、もう小学生が二人。末っ子もどんどん大きくなって、自分の楽しみを持っている。

 今年の旅行は、もう一度、主人の楽しみ優先にしよう。

 来年は、きっと子供たちに計画立ててもらうんだ。海でも、よその山でも。

 今夜、主人が帰ってきたらそう云おう。

 ・・それと。

 子供たちと、海に行ってきたことを話さなきゃ!「あせもがひどくってさ~、いってきたの~!」って。

子供たちとおとうちゃんが一緒に海に行ったのって・・何年前かなあ。末っ子なんて、お父ちゃんと泳いだことないもんね。

 海の話をしたら、主人の心には一足早い秋風が吹きぬけてしまうかもしれない・・。ごめんね。

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夏休みは・・

なんだか叱られてばっかりだったような・・。

 まず、終業式から帰って、母親に

     「通信簿、どやった?」

 ・・キーン! と心の臓が凍りつく瞬間。毎年だから進歩がない・・。成績にうるさい父親に

一晩こってり絞られるのがお約束。

 せっかく得意な教科があっても、算数たった一つで足を引っ張ったら勿体無いだろうが!!

・・という内容を、たとえを変え、時にはなだめるように、時には諭すように、しかし大半は怒鳴るような恐ろしい口調で・えんえんと聞かされるのでした。

 ま、結局私にとって算数とは、一生越えることのできない、そして、越えようとも思わない、関りたくもない敵として存在するのでしょう・・。

 で、通信簿の嵐が過ぎた頃、「ラジオ体操とプール」以外、なんにもしてないレイジーな私を、第二の嵐が襲います。毎年・です。

 不思議なことに、母親というひとは、

                「宿題、したの?」

・とは、殆ど聞きませんでした・・。そして、一切お手伝いもしてくれません。ただ、

          「部屋、かたづけなさいんか!」(関西のひとです。)

 ・・と、突然、火がついたように怒りだしまして、ソレが恐ろしい!!

その怒りは夏休み中、何度となく私を襲いました。きれい好きの姉は「まるちゃんのお姉ちゃん」のように馬鹿に仕切ったまなざしを私にくれます。

 ・・家族でお出かけとなりますと、これまた私の叱られネタ連発です。私は迷子のプロでした。ふと、お店の窓に「わあ、素敵なガラスのコップ!」と飛びついて、うっとり鑑賞。ひと時おいて、

  「ねえ、おかあちゃん!このコップきれいやね~^^」

・・と、隣にいるはずの母に話しかけると・・・・知らないおじちゃん。マイガ~ッ!!!

・・その瞬間と云ったら!一瞬にして、やかましかった蝉の声も聞こえなくなり、足元が抜け落ちたように感じる・・!

私の紛失に気づいた両親が血相変えて戻ってくる。そして、姉が「ばかビーム」を容赦なく発射している・・。

 なんか、夏休みって、切ない。甲子園の終了サイレンで振り返る、宿題の山。すだれの縞々の影にあわせてえんぴつを並べながら転寝してしまい、ひぐらしの声で目が覚めたら

 『鉛筆、床にほかしたら 危ないやろ!片付けなさいんか~!』

・・こどもには、うまく説明できないせつなさがある・・。

 戦争の恐ろしい・悲しい話を見聞きして恐怖におびえてじわじわ泣いてたら

 『おかあちゃ~ん!ゆんちゃん・まためそめそしとる~!』

・・と姉が告げ口。(泣いてるだけでなぜか叱られることもあったぞ?)戦争が怖い・と口にするのも恐ろしく、だらだら泣いておりました。

 さて。先程ワタクシ、娘二人に一喝いたしました。それは、

   『何回云っても、お片づけもお手伝いも宿題もしないで、ウンガ~ッ!!!!』

・・・といったようなものでございます。成績に関しては、一切コメントはしません。がんばった?くらいです。だって、いまの通信簿なんて、全く当てにはならない。毎回『指導方針』が変わると見えて、やたらほめる年があったり、厳しい年があったり。(担任の方針ではありません。二人の通知表を比べても、基準が同じなのがわかります)

 ・・突然『片付けなさいんか~!』と叫んだ母。アレは、何度もこらえていたのが爆発した物だったのね。いまなら・わかる。宿題にノータッチだったのは、『先生の目』を気にしない・おおらかさの賜物だったのかも。(よそのお母さん達の奮闘振りを見て気づいた)

 ・・そして、迷子の私への怒り。コレはきっと、『何度もやらかしてるのに、また、この子から目を離してしまった』自分たちへの憤りもあったんだ。何度目かのあと、父は怒らず、

『ゆんや。お前はただ、おもしろいモノを見つけて、ソレを見とっただけなんじゃな・・。』

  ・・と、私のあたまをなでてくれた。それきり、私の迷子は止まったと記憶している。

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